そう聞いたとき、私は思わず「えっ」と笑ってしまった。
牛って、あの、モ〜ッて鳴く牛? なぜそんなものが悟りに関係あるのか。
でも、「十牛図(じゅうぎゅうず)」という絵物語に出会ってからというもの、
私は何度も何度も、その10枚の絵を思い返すようになった。
心が迷ったとき、立ち止まったとき、自分を見失いそうになったとき。
静かに、「牛はどこ?」と、あの図が問いかけてくる。
十牛図ってなに?
十牛図は、中国・宋代の禅僧、廓庵(かくあん)禅師によってまとめられた、
悟りに至るまでの10の段階を描いた図と詩のセットです。
登場するのは、牛を探すひとりの少年と、その牛。
この「牛」が意味するのは──
そう、仏性(人間がが備えている仏になれる本性。)、そして“ほんとうの自分”なのです。
少年は牛を探し、見つけ、つかまえて、飼いならして……
やがて最後には、牛も、自分も、いなくなってしまう。
「えっ?消えるの?」
と思ったあなた、正しい反応です。私も最初はそうでした。
でも、10枚の絵を順番に眺めていくと、
その不思議な旅路が、
なぜかとても、腑に落ちるのです。
牛探しの10ステップ
番号 |
ステージ |
意味 |
① 尋牛(じんぎゅう) |
牛を探す |
自分探しの旅が始まる。もやもや期。 |
② 見跡(けんせき) |
足跡を見つける |
教えやヒントに出会う。うっすら見えてくる。 |
③ 見牛(けんぎゅう) |
牛の姿を一部見つける |
「これが私?」という直感が生まれる。 |
④ 得牛(とくぎゅう) |
牛を捕まえる |
自分を掴みかける。喜びと格闘。 |
⑤ 牧牛(ぼくぎゅう) |
牛を飼いならす |
習慣や思考を整える。内面の調律。 |
⑥ 騎牛帰家(きぎゅうきけ) |
牛に乗って帰る |
調和と安定が生まれる。日常が心地よくなる。 |
⑦ 忘牛存人(ぼうぎゅうぞんにん) |
牛を忘れて人が残る |
「自分」にこだわらなくなる。自然体へ。 |
⑧ 人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう) |
牛も人もいない |
無我・空の境地。輪郭が溶けていく。 |
⑨ 返本還源(へんぽんげんげん) |
源に帰る |
自然とひとつになる。静かな合一感。 |
⑩ 入廛垂手(にってんすいしゅ) |
世間に戻る |
すべてを受け入れ、やさしく人と関わる。 |
なぜ今、十牛図が響くのか?
この十牛図が、なぜこんなに私たちの心に残るのか。
それはもしかすると、
現代が「第1〜第5図」あたりの人だらけだからじゃないかと思うのです。
自分を探して、情報に溺れて、自己肯定感を高めたくて、でもまた迷って──
「本当のわたしって、どこ?」
そんなときに、
「最終的には“自分すらいなくなる”よ」と言ってくる十牛図。
あまりに真逆。でも、なぜか心地よい。潔すぎてある種のヤバさを感じる!
それはきっと、
「自分を失う」のではなく、
「自分という枠から自由になる」感覚だからじゃないかな。
次回予告
第2回は、「私と十牛図」のお話。
・森博嗣『封印再度』での衝撃
・書店員時代、ビジネス書の棚にあった“十牛禅図”
・そして、わたしが描いた「ポップ十牛図」のこと
牛がちょっとゆるく、でもグッとくる姿で登場します。
どうぞお楽しみに。