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売れなかったスマッシュが、文具売場を変えた日

売れなかったスマッシュが、文具売場を変えた日

シャープペンシルについて語ろう第三弾

プロローグ──「お気に入りだから置いて」

かつて、製図用シャープペンシル「ぺんてる スマッシュ」は、文具売場でまったく売れない製品だった。種類は0.5mmの黒軸一本のみ。筆記具のラインナップが日々回転する売場において、異質な存在だった。多分廃番寸前だったのだろう。

当時、私は2011年オープンの売上トップクラスの文具店を運営していた。ぺんてるの営業担当が、「僕のお気に入りだから置いて欲しい」と頼みこんできたのがきっかけで、3本だけ陳列棚に加えたが、やはり1本も売れなかった

まいったなぁ」と思いつつ、店舗占有率は0.01%。お世話になっている営業さんの顔も立てて、仕方なく置き続ける日々が続いた。


突然の“異変”──売れ始めたスマッシュ

3年ほど経過したある日、変化が起きた。ずっと動かなかったスマッシュが、動き始めたのだ。

売れた理由は、YouTubeだった。

とあるYouTuberが「スマッシュ」を熱く語った動画を投稿。そこから火がつき、フォロワーである小学生男子たちがこぞって買いに来るようになった。彼らにとって、製図用というプロっぽい響き、無骨なデザイン、重厚な書き心地は“最強のシャーペン”そのものだった。

シャープペンシルは英語で「Mechanical Pencil」と表現する。まさに、この「メカ」の部分が彼らを虜にしたのだと思う。


そして始まる、シャーペンブームの序章

私の記憶では、ここから現在に至るシャープペンシルブームが始まったように思う。

この現象が示したことは多い。ひとつは、YouTubeというメディアが持つ絶大な影響力。もうひとつは、「売れないけど信じて置き続ける」ことの価値。スマッシュは、もともと一部のユーザーからは高評価を受けていた“知る人ぞ知る名品”だったのだ。

文具売場の常識を覆したスマッシュ事件。それは、静かなブームの幕開けでもあった。


製図用シャープペンシルの再評価

製図用シャープペンシルは今や、実務よりも“筆記具としての信頼性と造形美”が評価されている。スマッシュをはじめ、S20やグラフ1000などが改めて脚光を浴びている。

特にスマッシュは、「最強の1本」として語られ、限定色やコラボモデルも登場。気づけば文具店筆記具売場の主力商品になっていた。


エピローグ──信じて置き続けた先に

あの時、「売れないけどお気に入りだから」と言われて置いたスマッシュが、こんな未来を切り開くとは思っていなかった。

今、製図用シャープペンシルは、小学生の憧れであり、YouTuberの語り草であり、文具ファンのコレクション対象でもある。

文具の世界において、“売れない”は終わりではなく、始まりなのかもしれない。

 

そして私は、今日もまた、誰かの“お気に入り”を信じて棚に並べている。