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モノを大切にするってどういうこと? 「ニュージランドのレストア文化」編

ニュージーランドは日本と同じ島国。古くから物資の供給を輸入に頼ってきたため、自分の愛用品は自分でメンテナンスしながら使い続けてゆく生活文化が浸透してきました。その姿に、モノとの向き合い方について、あらためて考えさせられたことを思い出します。

古き良き時代の面影を継ぐ、アール・デコの街

ひと昔前(15年ほど前)の話になりますが、ニュージーランドの北島東岸にあるネイピアを雑誌の取材で訪れたことがあります。ここは、かの有名なテッシュペーパーを製造する某製紙会社さんがパルプ事業を展開していた地。くだんのブランド名がこの街に由来することは案外知られていない事実かもしれません。

折しも、往時のネイピアは、「アール・デコ・ウイークエンド」と呼ばれる、街を挙げてのお祭りが開催されているさなかでした。

ネイピアのダウンタウンは、かつてたくさんのヨーロッパ移民が移り住んだ街。1931年2月にマグニチュード7を超える大地震が発生し、多くの建物が倒壊。残った家々も火災に見舞われ、ほぼすべてが焼失してしまいました。

その後、街は、当時流行していたアール・デコ様式によって復旧され、今に続く美しい景観へと生まれ変わりました。実はこれ自体が貴重な観光資源となっていて、お祭りの期間中は、例年100台以上のクラシックカーが集まるパレードや、古めかしい複葉機が空を舞う航空ショーなどが開催されます。そして、道ゆく地元の人々が20世紀初頭のジャズエイジの装いに身に包み、お祭りの賑わいに彩りを添えてくれます。

たまたま街角で知り合ったのが、まるでポール・ポワレのデザイン画から抜け出てきたかのようなドレス姿のご婦人たちでした。「そのお召し物はどこで購入されたのですか?」と尋ねると、「おばあちゃんから受け継いだ古着を仕立て直したものなんです」とのこと。歳月を重ねたものにこそ価値を見出し、古いものほど大切に扱う。そういった考え方が、この国にはしっかり根付いているのだと痛感させられる出来事でした。

クルマの修理はお手のもの、庶民に根付いた“直して使う精神”

もともとニュージーランドは、畜産などの一次産業がメインで、機械や家電といった工業製品はそのほとんどを海外からの輸入に頼ってきました。イギリス統治時代は、本国から物資が船で運ばれ、到着を気長に待つのが常。その当時のとある商店の帳簿には、膨大な量のバックオーダーが寄せられていたともいいます。そういうお国柄だからこそ、何かが壊れたら自らの手で修理し、部品が足りなければ旋盤などの工作機械でイチから作るという考え方が定着していったのでしょう。クルマも簡易な修理やメンテナンス程度なら、一般市民でさえお手のもの。街には修理工場や専門業者も数多く存在しますが、それ以上にDIYの道具類を扱うホームセンターがあちこちに点在しています。

取材旅行の道中、ラリー・キリップさんという男性にお会いする機会がありました。氏は錆だらけで動かなくなった1962年式のジャガーMk.2を譲り受け、6年もの時をかけてレストア(修復)している最中でした。エンジンや駆動系はもとより、内外装をすべて自作。さすがにシートの革張りだけは専門の職人さんにオーダーしたとのことでしたが、ガタガタになったボディの板金から塗装にいたるまでを自力で行い、ブリティッシュ・オリジナルの流麗なフォルムを見事なまでに再現していました。

「整備工場に任せたら新車を買う以上のお金がかかる。でも自分で勉強しながらやれば一切合切がタダだからね(笑)」。

もはや、週末のレストアがライフワークというほどのハマり具合で、たぶん15年経った今でも、納得いかない箇所を見つけては、古い資料を調べあげて、手直しに次ぐ手直しをされているんだと思います。

また、道路に路駐されているクルマたちを見てもキーウィーたちの旧車好きは一目瞭然です。ひと昔前の日本車やアメリカ車、隣国豪州の自動車メーカー・ホールデンなどに混じって、79年代のレイランドの大型バスや、なんと35年式のオースチン(いずれも昔のイギリス自動車メーカー)などが元気な姿をとどめていました。

取材当時、筆者の思いつきで街頭のクルマを独自調査したことがあります。ニュージーランドを走るクルマは、そのフロントガラスに車名・年式・走行距離などを明記したステッカーを貼ることが義務付けられていて、調査方法はそれをただひたすらチェックしていくという極めて原始的なもの(笑)。300台ほど調べた結果が幸いにも取材ノートに書き残されていたので(捨てないでよかった〜)ご紹介しましょう。

[登録年数]         [生産国]
2000年〜現行車 13.7%    日 本   62.9%  
1995年〜    26.1%    ドイツ   12.0%
1990年〜    31.4%    米 国   6.6%
1985年〜    14.4%    豪 州   6.6%
1980年〜    7.8%        英 国   4.6%
1975年〜    3.3%      韓 国   3.3%
1970年〜    2.0%      その他   4.0%
1969年以前   1.3%

いかがですか? 日本車が大人気!!

ただし、このデータはあくまでも15年前のもの。この稿を書くにあたって、あらためてニュージーランドの自動車登録台数を調べてみたところ、一昨年の関連資料では新車の約11万台に対して中古車は約14万台。当地のクルマ事情は多少様変わりしているようです。とはいえ、一度気に入ったらなかなか手放さないのがニュージーっ子気質。新しいクルマに混じって懐かしい名車たちが今なお達者に走り回っていることが容易に想像できます。

他にもいます! 愛すべきレストアラーたち

ニュージーランド最大の都市・オークランドは、海に面した地形から世界的なヨットレースなどがたびたび開催され、「City of Sails(帆の街)」の愛称で親しまれてきました。その昔は海上交通が発達し、市内とノースショアを繋ぐ庶民の足としてスチームボート(蒸気船)が湾を往来していたと聞きます。

そのうちの一隻、今はもう朽ち果ててしまったスチームボートのタロア号を修復しようと立ち上がったのが、ジム・マクフィリップさんをはじめとするS.S.タロア・プリザベーション・ソサエティ(当時)の面々。元エンジニアやタクシードライバーなどがボランティアで集まり、再びこの船を海へ浮かべることを夢見て作業に没頭していました。

「タロア号は私と家内が初めて出会った思い出の船なんだ」。そんな彼の言葉が今も記憶に残っています。また、筆者の「できあがるのはいつ?」という問いに、「野暮なことを言っちゃあいけねーよ」と高笑いで答えてくれたのも印象的でした。「君が爺さんになる頃にはなんとかできているはずだ!」と力強く仰っていたマクフィリップさん……今でもお元気かしら。現在は行政と大口スポンサーのサポートを取り付け、どうやら別の保全団体が復元作業を引き継いでいるようですが、この計画が始動したのは、まぎれもなくマクフィリップさんたちの情熱の賜物。近い将来の完成が待たれます。

一方、我が家を修繕しながら長く住み続けるのもニュージーランドではごく普通のライフスタイル。高級住宅が立ち並ぶリミュエラ地区に古い家屋を購入し、フルリノベーションを施してB&B(朝食付きホテル)を開業したのがピーター・ダッソーさんです。19世紀に遡るイギリス入植時代からの伝統を受け継ぎ、釘を一切用いないドアや、細かい装飾を施した天井のパネルなど、すべての作業を自らの手でレストアしてきたところが特筆すべき点。オープン後は、数週間単位で滞在したいと申し出るお客さんが続出し、予約の電話やメールが絶えなかったといいます。

ちなみに、ダッソーさんは元高校教師。かつて勤めていた学校にニュージーランド初の日本語クラスができ、その教え子たちを連れて日本へ旅行に行くための資金稼ぎの一環として、古い家を安価で購入し、レストアを施して売るという計画を実行に移したのだとか。

「本格的な大工仕事を趣味にしたのは、これがきっかけだったと思います。でもね、私たちは子どもの頃から遊ぶ道具を自分たちで作ってきました。お駄賃稼ぎでご近所の家のペンキ塗りを手伝ったり、修理をしたりするのは、ごく当たり前のこととして育てられてきたんです。このB&Bは宝物。この手で守っていきますよ」

取材したレストアラーの誰もが口を揃えて語ってくれたのは、「昔は“必要に迫られて”だったかもしれないけれど、今は“大好きなモノにとことん寄り添っていきたいから”」ということ。ダッソーさんもまた、モノと長く付き合っていく秘訣は「直すことさえも楽しんじゃうことだよ」と答えてくれました。

私たち日本人も「いらなくなったら断捨離すればいい」、「壊れたらゴミの日に出せばいい」という価値観こそを捨て去って、そろそろ「安易に捨てずにとことん使い倒す」という考えにシフトしはじめてもいいかもしれません。ニュージーランドの人々のスローでホビーライクな生き方には「モノを大切にすること」のヒントが詰まっています。