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👋第4回 異類婚姻譚の結末──排除か、去るか?

異類婚姻譚において、最も胸を打つのは「別れ」の瞬間かもしれません。 だれかが泣きながら去り、 だれかが怒りに満ちて追われる──

婚姻の“終わり方”には、意味がある

だが、その“去り方”は、すべて同じ意味を持つわけではありません。今回のテーマは、
異類が「排除される」のか、「自ら去る」のかという、
物語の最終章における“決定的な分岐点”です。


排除される異類──契約を破った側への制裁

まず「排除される」パターンとはどんなものでしょうか。

多くはこうです。

  • 正体を隠しきれなかった異類が、周囲の人間たちに“異物”として認識される

  • その結果、村人や夫に恐れられ、追い出される/殺される/逃げざるを得なくなる

🐸 例:蛙──姿を見られ、殺される
🐍 例:蛇──正体を恐れられ、封印される
🐵 例:猿──畑を荒らす存在として処分される

この場合、人間社会側が“異類との契約を拒絶”したことになります。

つまりこれは、
婚姻の「社会的な失敗」なのです。

個人間では成立しかけた絆も、
社会のまなざしにより「許されない」と裁定されてしまう。

異類はここで、
関係の“外”から排除される存在となります。


自ら去る異類──契約を守るための別れ

一方、「自ら去る」パターンはどうでしょうか。

  • 婿嫁としての役割を果たしつつ、あるきっかけで“正体”が露見する

  • しかし異類は怒らず、嘆かず、静かに家を去る

  • 時に、子を残し、再訪すらせずに姿を消す

🪿 例:鶴の女房──見られてしまい、黙って飛び去る
🐟 例:魚の女房──問い詰められ、泡となって消える
🦊 例:狐の女房──子を残して山へ帰る

これは、婚姻の「個人的な成立」は果たされていたということです。

異類はここで、
自らの掟を守るために離脱するのであり、
それはある意味、人間との関係を尊重した末の選択でもあります。


「去る」と「排除」の違いとは何か?

両者には決定的な違いがあります。

項目

排除される異類

自ら去る異類

原因

社会的圧力、拒絶

ルール違反への静かな対応

主体

人間側(外部)

異類自身(内部)

婚姻の成熟度

成立しないまま崩壊

成立したが維持できなかった

別れの性質

恐れ・怒り・排斥

悲しみ・諦念・尊重

 

 

「排除」は、
人間側が異類との共存を拒み、異類を“異物”として処理する行為。

一方で「去る」は、
異類が人間との関係を成立させたうえで、
それを壊さないために“契約の枠内で離れる”行為なのです。


なぜ異類は、黙って去るのか

物語を読んでいると、
鶴も、狐も、魚も──
「なぜ、怒らないのだろう?」と不思議になります。

バレたのは人間の責任。
問いただしたのは夫の側。
なのに、異類はただ去るだけ。

これはまさに、
“異界の倫理”が人間とは異なることを象徴しています。

怒らず、責めず、去るという方法で答える
それは、異類にとっての“けじめ”であり、
人間にとっての“贖罪”でもあります。


去った異類を、人間はどう記憶するのか

興味深いのは、
「排除された異類」は物語の中で忘れられることが多いのに対し、
「去った異類」は、長く語り継がれることです。

  • 鶴の女房は、“二度と戻らない”存在として記憶され

  • 狐の嫁は、“子の成長を陰で見守っている”と伝えられ

  • 魚の女房は、“泡になった悲劇”として語られる

この違いは、
別れの質の違いが、記憶の質にまで影響を与えている証なのかもしれません。


🐉【オマケ】──破局しなかった、ほんのわずかな物語たち

異類婚姻譚の多くは悲しい終わり方をしますが、
破局を迎えなかった“稀なケース”も、少数ながら存在します。

たとえば──

  • 九州地方に伝わる蛇女房譚の一部では、正体を見られずに婚姻が継続し、子を成し、家が繁栄する例も。

  • 龍宮伝説のある型では、浦島太郎が異界に住み続けた場合には、破局が回避されるとされることも。

いずれも共通するのは、
「人間がルールを破らなかった」あるいは「異界のルールを受け入れた」こと。

それは極めて稀なことであり、
だからこそ──
人と異類が本当に“同じ世界で生きられた”という、ほとんど奇跡のような記録でもあります。

参考文献:異類婚姻譚に登場する動物―動物婿と動物嫁の場合 間宮史子/弓良久美子/中村とも子 著


🦊 次回予告

第5回:異類婚姻譚要素全部もり人魚姫

足と引き換えに声を失った人魚姫。
彼女の物語は、まさに異類婚姻譚の“全部のせ”。
トークン、変身、代償、排除、帰還──
その全てをたどることで、私たちは物語の深層に触れていきます。