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🧜‍♀️ 第5回 異類婚姻譚要素ぜんぶもり──人魚姫という永遠の鏡

長く続いたこの連載も、いよいよ最終回。 テーマは、異類婚姻譚の「代表選手」とも言える、アンデルセンの『人魚姫』です。

はじめに

もしこの物語を知っているなら、あなたはすでに──
異類婚姻譚のすべてを知っている、と言ってもいいかもしれません。


1.異類婚姻譚の代表選手「人魚姫」

『人魚姫』は単なる悲恋ではありません。
この物語には、異類婚姻譚のエッセンスがすべて詰まっています。

異類婚姻譚の要素

『人魚姫』における表現

異類の存在

人魚という“水由来”の異類

境界の越境

海から陸へ、人間世界へ

トークン(引き換え)

声と引き換えに得た脚

代償

激痛と沈黙、“人魚らしさ”の喪失

婚姻の挫折

王子に選ばれない

結末

“追われる”でも“去る”でもなく、“泡になる”という昇華

──つまり、人魚姫は「恋をして」「越境し」「代償を払い」「破局に至る」
異類婚姻譚の最も象徴的な存在です。

しかもこの破局は、争いでも追放でもない。
自ら泡となり、姿を消す。
この静けさに、異類婚姻譚のひとつの終着点を見た気がします。


2.なぜ語り継がれてきたのか

異類婚姻譚は、なぜ何世代にもわたって語り継がれてきたのでしょう?

その理由は、「異質なもの」と「人間社会」の接触にまつわる不安と憧れにあるのだと思います。

  • 自分と違う存在に惹かれる好奇心

  • 理解できない存在への恐れ

  • そして、共に生きたいという願い

人魚姫はそのすべてを体現しているのです。

「人間になりたかった異類」
「けれどなれなかった異類」
彼女の姿は、異質な存在を排除するのではなく、一度は“暮らそうとした”記憶の象徴でもあります。


3.現代における“異類”とは?

現代における異類とは、もはや蛇や狐ではないかもしれません。
それでも、異類婚姻譚は生き続けています。

たとえば:

  • 自分と違う国・文化・性別をもつ人

  • 精神的な特性が「普通」と違う人

  • 感情や感覚のレベルで“異なる”誰か

私たちは、今なお「異類」と恋をし、暮らそうとしているのです。
そして、ときに境界を越え、代償を払い、うまくいかずに別れる──。

人魚姫の姿は、遠い昔話でありながら、
現代の私たちの姿でもあります。


🧠【コラム】なぜ異類は“人間の姿”になろうとするのか?

進化心理学の視点から見ても、異類婚姻譚の「変身」や「擬態」には深い意味があります。
人間には、生まれつき──

「自分と似た姿のものを仲間と認識する性質」

があるとされています。

これは『サピエンス全史』などで語られるように、
人類が“集団で協力して生き延びてきた”という歴史に由来します。

  • 顔のちょっとした違いを見分ける能力

  • 言葉、所作、服装などの「仲間判定」スキル

だからこそ、異類たちは変身するのです。
人間の“仲間センサー”に引っかかるために。

けれど、姿が似ていても、「なにかが違う」と思った瞬間に、
人間はそれを“異物”として拒絶してしまう。

このすれ違いこそが、異類婚姻譚の切なさの核心かもしれません。


おわりに──泡となった声の記憶

『人魚姫』は声を失った存在でした。
それでも、彼女の物語は私たちに“語りかけ”てきます。

それは──
「異なる者とともに生きようとした、かつての試み」の記憶。
たとえそれが叶わず、泡のように消えてしまったとしても。

異類婚姻譚は、終わらない物語です。
なぜなら今も、私たちは「異なる誰か」と共に暮らそうとしているから。

そして、私自身もまた、誰かにとっての“異類”なのです。