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なぜ、小学校では鉛筆が筆記具として指定されるのか?

ある時、某Q&Aサイトで気になる投稿を見かけました。「僕はシャープペンシルが好きな小学生ですが、学校で使う筆記用具は、なんで鉛筆じゃなきゃいけないんですか?」。文房具店に勤務する身として、この素朴な質問が胸に刺さりました。

なんとかしてこの子が抱いた疑問に大人として応えてあげたい。しかし当時の私は、残念ながらこれに対する明確なアンサーを持ち合わせていなかったんです。おぼろげながら「こういうことじゃないかしら」という考えはあったものの、なかなかそれを言葉にはできず、歯がゆい思いでいっぱいになってしまいました。

教育学者である佐藤秀夫さんの著書『ノートや鉛筆が学校を変えた』(平凡社)を読んでみると、その点について、さまざまな国の歴史や文化的背景などから、興味深い考察がなされています。

「鉛筆」を調べてゆくと、行き着いたのは「紙の歴史」でした

そもそも、何かに文字を書いて「記録する」という行為は、お隣の中国の影響もあって、日本ではかなり古くから発展してきました。例えば、飛鳥〜奈良時代には「木簡」という木の板が用いられ、同じ頃に大陸から朝鮮半島を経由して伝わった製紙技術によって、のちの「和紙」が生み出されていきます。一方、中国で発明された紙がヨーロッパに伝播したのは12世紀頃。意外なことに日本の鎌倉時代になってようやく紙が作られるようになったのだそうです。

しかも、学びの現場で紙が一般化するのはさらにずっとあとのことで、ドイツでは14世紀、イギリスでは15世紀、アメリカやカナダにいたっては17〜18世紀まで待たねばなりません。その理由の一端は、ヨーロッパの教育が「ディスカッション(論理学)に重点を置いたものであった」ということ。講義を聞き、先生の言葉を書きとめて覚えるよりも、生徒が先生を取り巻き、自由に問答を重ねることの方が重要視されていたからだといわれています。

また、「紙に文字を書く」、「それを読んで学ぶ」という学習文化が日本で発達した背景には、国内のあちらこちらに、紙づくりに適した自然素材が自生していたことも指摘されています。和紙の原料となるのは、楮(コウゾ)、三椏(ミツマタ)、雁皮(ガンピ)といった落葉低木。和紙をすく際の粘着材として使うのが、黄蜀葵(トロロアオイ)、糊空木(ノリウツギ)などです。これらが容易に採集でき、紙の量産が可能になっていったことが、「読み書き」の文化の発展を助けたんですね。

19世紀〜20世紀初頭にかけて、「和紙と筆」から「ノートと鉛筆」へ

さらに時代が下って明治期に入ると日本では製紙業が盛んになっていきました。和紙が洋紙へと代わり、それまで輸入に頼っていた洋紙の国産化が進んだのです。ちなみに、日本を代表する製紙会社の王子製紙が創業されたのもこの頃です。やがて、1905年には大阪の中村鐘美堂が、1909年には東京の文運堂が、それぞれ小学生向けノートの先駆けともいえる学習帳の生産をスタートさせます。また、教科書も洋紙によって作られるようになり、学校教育の現場で用いられるようになりました。

そして、記録する紙がノートになると、筆記具も筆から鉛筆へと変わっていきます。

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