1. ホーム
  2. モノを知る
  3. 道具を知る
  4. 人と人とを信頼でつなぐ「通い帳」

人と人とを信頼でつなぐ「通い帳」

「通い帳(かよいちょう)」をご存じですか? その昔、庶民は現金を持たず、この通い帳を携えて買い物に出かけるという生活文化がありました。

通い帳とは、掛け買い(後日払い)の月日や品目、金額などを記入しておき、のちの支払い時の覚えとする帳簿です。つまり、買い物に出かけた時、何をいくつ買ったかをお店の責任者に書き込んでもらい、中期の場合はお盆や年の瀬、短期の場合は翌月の末日などに、まとめて代金の支払いを行うために使われます。

こうした商慣習は、どうやら江戸時代から広く一般化していたようで、そういえばTVの時代劇で、空の酒瓶を小脇に抱えたオカミさんが酒屋の暖簾をくぐり、量り売りのお酒をツケで買っていくなんてシーンを見た記憶が……。

通い帳は、いわば商家と常連さんを橋渡しする「信用取引」のツールとして発達し、現代でいうところの「キャッシュレス決済」や「クレジットカード」に通じる役割を果たしてきたのでしょう。

また、通い帳は売掛や買掛を記録する補助簿以外の使途にも用いられてきました。例えば、年貢を米で納めた際の記録が残されていて、その表装に「通い」と大きく書かれた帳簿が現存しています。つまりは納税者がお役人に対して納めるべきものを「○月○日にキチンと上納しましたよ」という証。ちょうど「受取証書」や「領収書」のような扱い方だったのかもしれませんね。

ちなみに、私たちの生活になじみ深い銀行の預金通帳も、これに由来するものだといわれています。通って金銭の授受や取引をした証明を記入するから“通い”の呼び名が付けられたと想像できます。

これらをヒントにあれこれ調べていると、時代小説家である志川節子さんの『春はそこまで 風待ち小路の人々』(文春文庫)にも、通い帳が登場していたことに気づきました。この小説は、江戸の市井の人々の生き生きとした暮らしぶりをいくつかの短編連作で綴った人情ストーリー。

その第3話で、主人公の洗濯屋(現在のクリーニング店)が、お客さんに一冊の通い帳を手渡すエピソードが描かれています。洗濯物を1点預かるごとに判子1つを押すまでは、前述した年貢のお話と同様、領収書としての扱い。ところが、くだんの洗濯屋は「この判子を20個集めれば、次の洗濯はタダにする」という画期的なサービスを提供しはじめるのです。

そう、まさに「ポイントカード」のよう! 主人公は通い帳をガジェットに、作品の舞台となる芝神明宮門前町の商店街を活性化しようと奮闘します。

今も連綿として絶えない通い帳の文化

さて、この通い帳……実は現在も文房具店で見かけることがあります。

これを初めて見たときは、何のために存在する文具なのか、にわかには理解できず戸惑ったものです。著名なメーカーであるコクヨさんやササガワさん、法令書式やビジネスフォームを販売している日本法令さんからも「通い帳」や「御通帳」といったネーミングで商品がリリースされています。

ページを開くと、まずは「この通帳の記入期限は〜」といった書き出しにはじまり、商品や金銭の受領日を記入する欄、受領印を押す欄などがデザインされています。

モノによっては写真のように、「家賃」もしくは「月極め駐車場料金」の支払い・受領を想定して作られたとおぼしき約定や契約条件の記入欄を設けている書式もありました。

もはや、家賃の支払いは銀行振込や自動引き落としが主流でしょうが、こうした通い帳を介して金銭の授受が行われることがいまだにあるんですね。

最近、新聞やTVの報道で、河野太郎行政改革担当大臣による「ペーパーレス」「判子レス」「キャッシュレス」が取り沙汰されています。また、東京都の小池百合子都知事も、行政手続きの簡略化とスピード化を目的に、3つのレスに取り組むことを表明しました。

考えてみれば通い帳は、ペーパーレスにも判子レスにも当てはまりません。もともとはツケ払いのための記録簿としてキャッシュレス決済に貢献してきた側面もありますが、毎月の駐車料金、お稽古ごとの月謝など、支払いを終えた証としての機能に限れば、あまり今の時代にフィットしたシステムとはいえません。

しかし、売り手と買い手を結び付け、経済活動における円滑なコミュニケーションと信頼関係の築きを扶けるために生まれたのがこのツール。人と人とをFace to Faceでつなぐのが美点です。

廃盤の憂き目にあうことなく、今なお元気に流通している以上、どこかに確実なニーズがあり、誰かに活用されていることが窺えます。大袈裟ですが、使い方さえ工夫すれば、とかく希薄になりがちな地域社会の絆を取り戻すきっかけになるかもしれません。

商品の機能性やデザインに敏感な文房具マニアの皆さんはたくさんいらっしゃいますが、通い帳がこのようなアナログ文化に育まれて誕生したモノであること、それぞれの文具にそれぞれ隠された意味や役割、逸話があることにも目を向けたいものです。

この通い帳が、10年先、20年先まで人々に愛用され、ひっそりとでもいいから文房具店の片隅に並んでいることを願ってやみません。