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「フランスの最も美しい村」が具現化されるアトリエへ

フランスの小さな村々に魅せられ、竹ペンによるオリジナル技法でその景観を描き続けている新井淳夫さん。氏を訪ねて東京・小金井市のアトリエに伺うと、そこにはいつまでも長居したくなるような、あたたかで外連味のない、不思議な空間が広がっていました。

1年半にわたる助走期間

新井さんが「フランスを拠点に作品を描こう」と決心したのは、今から10年以上前。それまでも画家としての活動は続けていましたが、並行して携わってきたデザイン学校の講師業を一時休職し、自費で1年半ほどフランスに渡ったことが大きな転機になったといいます。

「フランスはアーティストに寛容な国柄。才能あふれる若手作家や、野に埋もれている芸術家を掬いあげ、売り込んでくれる画廊が、老舗から新鋭までたくさんあるんです。ところがね、あっちでは展示会を開くことさえ難しい。例えば、日本ではお金を出せば貸しギャラリーで個展を開けるでしょ? でも、画廊のオーナーたちの間では、優れた画家を発掘することがある種のステータスとして捉えられていて、おいそれとは貸してくれない。彼ら自身の審美眼が問われ、ギャラリーの評判にも関わるから、当然ながら作家を選ぶ目も厳しくなる。私も作品を携えていろんな画廊を回ったんだけど、なかなか評価してもらえなくてね(笑)。かなり落ち込んだ時期がありました」

それでも、思い切って飛び込んだパリでの暮らしの中で、新井さんはさまざまなトライを続けます。もともと培ってきた作風はテンペラなど西洋絵画の技法によるものでしたが、ある時、セーヌ川に架かる橋を墨絵のスタイルで描いてみることに。すると、その作品がとあるオーナーの目に留まり、これまでとはまったく違った手応えを感じたといいます。

「墨絵を描くのは実はその時が初めて。完成した絵を見せたら、彼らの反応がすこぶるいい。それからは墨絵に絞って描くことにしました」

また、フランス政府が芸術・芸能・科学・スポーツなどの分野で才能のある外国人を対象に発行する特殊な就労ビザ(コンペタンス・エ・タラン)の存在を知ったことも僥倖でした。この制度を活用して、いよいよ創作の場をフランスへ移すという密かな計画が加速していきます。

「このビザがあれば、より長い期間フランスにいることができる。ただ申請には、実績や滞在期間中の活動プランなどの提示が細かく義務づけられていて、取得にいたるまでの難易度が物凄く高い。政府が発給するのだから当然フランスの文化発展に寄与するものでなければいけない。私に何ができるのか? あの時はそればっかりを考えていたなぁ」

そんな時、たまたま出逢ったのが、ルーブル美術館で開かれていた歌川広重とゴッホの企画展でした。往時から日本の浮世絵はフランスでも大人気。広重の代表作である東海道五十三次は、パリ市民の間でも大きな話題になっていたといいます。

「これだ! と思ったんだよね。日本人である私が、日本人の視点でフランスを眺め歩き、日本古来の画材や画法を使ってこの国の五十三次を描けばいい」

帰国後、新井さんが創作のテーマに据えたのは「フランスの最も美しい村(Les plus beaux villages de France)」でした。これは、1982年にコロンジュ=ラ=ルージュに設立された協会がフランス国内に点在する村落の観光を促進するために選定した151(現在は158のコミューンが加盟)の村々のこと。フランス各地にある美しい村々を隈なく行脚し、その風景画をシリーズ化しようというチャレンジです。前述した墨絵という日本古来の画法で描くアイデアと相まって、この画期的なプランは、当時さまざまな相談に乗ってくれていたフランス大使館領事担当者からも太鼓判を押されるほど。結局、このプレゼンテーションが決め手となり、無事にビザが発行され、さらに3年半の歳月をフランスで過ごすことが叶いました。

アトリエは、彼の地に思いを馳せ、飛翔し、俯瞰する空想の場

アメリカンフラットハウスを思わせる木造平屋のご自宅兼アトリエ。玄関を上がって通されたのは、およそ10畳の広いリビングでした。その一角に机があり、描きかけの作品をはじめ、筆や絵の具といった道具類が無造作に置かれています。ここが絵筆を握る場所で、その奥の小部屋が木枠に和紙を貼り込む作業場。そして、襖に立て掛けられた大作が目に飛び込んできました。

「ビザが下りてから切れるまでの3年半でほぼ半分かな……だいたい75か所の村々を歩いてきた。それぞれの村でエスキースを描き、当時パリに借りていた小さなアパルトマンに戻って本画にするんだけれど、日本に帰国してからはこういう大きな絵も描くようになった。各地方で強く印象に残った村を取り上げ、歩いた当時の記憶と撮り収めたスナップ写真とを照らしながら俯瞰して描くんです」

新井さんが1枚の作品を仕上げるまでにはいくつかのプロセスがあります。まずは、ミシュランの地図を広げ、どの県のどの村々を訪れるかを思案することからスタート。

色分けされているのは、1回の旅で巡る村々。
色分けされているのは1度に巡る村々。ミシュランの地図も旅の相棒となる大切な道具。

 

いくつかの村落が固まって点在している地方もあれば、飛び地のように離れている村もあります。それらをグループ分けして、一度の旅程で数か所を回るのが常。「一日、一村、一枚の絵を描く」を目標に旅の予定を組み立てていきます。

「行ったこともない土地をめぐるのだからトラブルは日常茶飯事。レンタカーを利用するのが手っ取り早いが、それだと村から村への移動が目的化して、見過ごしてしまう風景もある。だから、もっぱら公共交通機関を使って訪れるのだけれど、バスに乗り遅れてホテルに戻れず野宿したり、道に迷って夏の炎天下で立ち往生したり、まさにリアルRPGの世界だったね(笑)。しかも、無事に目的地に到着しても、行く前にイメージしていた様子とは違っていて、案外失望させられることも多いんです。行く先々の村の『最も美しい姿』を描くために、ベストの場所を見つけるのが一苦労でした」

一度出かけてしまうと最低でも数日間は続く旅。荷物はできるだけコンパクトにまとめ、携行する道具もペンと下絵用のスケッチブックだけかと思いきや、万が一その場でインスピレーションが湧いてきた時のことも考慮してでしょうか……絵の具やその他の画材も一式背負って歩いたのだとか。最初の頃は油彩絵具を用いていたため、荷物が重くて途中で投げ出してしまいたくなったこともあるそうです。

「でも、トラブルに遭った回数以上に、うれしい出来事もたくさんあってね。道端に腰を下ろして無心に絵を描いていると、こちらが画家だとわかるんでしょう。みんな興味津々、足を止めて人懐っこく声をかけてくれる。田舎の村だから、余所者、ましてや私のような外国人に対して閉鎖的な感情もあったに違いない。けれど、それを上回ってアートに対するリスペクトが強いんだろうね。ラテンの血も手伝ってか、南へ行くほど人の情は深くなるもので、困っていると助けてくれたり、自宅に招いて夕食を振舞ってくれたりすることもありました」

竹ペンは高価だから描きやすいとは限らないそう。現在愛用しているものも実はリーズナブル。

 

愛用している竹ペンや竹筆は、獣毛筆とは異なり筆先が硬く柔軟さに欠ける一方、筆致が安定して力強い線が書けるため、比較的硬質なものを表現するのに適しています。フランスの村々は、そのほとんどが城塞や教会を中心に形成され、石畳の広場や道が敷かれているつくり。竹ペンとの相性もよいのだそうです。

こちらも愛用の道具類。中央のトレイにあるのが竹筆で、その右手にある円筒形のものも竹ペン。

 

「で、こうしてスケッチしてきたものをベースに、旅から戻った後、アトリエで筆を入れ、色を付ける。パリに住んでいた頃は、その繰り返しだったんだが、日本に戻ってからこの家を見つけて、通常のシリーズとは別の連作を描きあげることを思い立った。作品を描く際は、村を歩き『村の内側から描く』場合と、少し距離のある丘や高台に登って『村の外から描く』場合とがあって、この大きな絵は村を空から見たつもりで描いた、まさに鳥瞰図。本当は木々に囲まれて見えない道をあえて加えていたり、建物と建物の距離感やバランスが微妙に違っていたりしているところなんかもあるんだけど、そこはイマジネーションとして割り切って描くことにしています。パリで借りていた狭いアパルトマンでは無理な話で、発想さえもしなかったけど、それなりのスペースがあるとこういう創作もできるんですよ」

曰く、アトリエがもっと広ければ、より巨大な絵をものしていただろうとのこと。とはいえ、新井さんが暮らす現在の家は、筆を揮うアトリエに面して、こじんまりとしながらも庭があり、身近に自然を感じられる好環境。遊びにやってくる近所の地域猫に餌をあげたり、育てている草花にはアゲハ蝶が卵を産み、それが孵って巣立っていく様子を眺めたりするのも楽しみのひとつ。創作の合間、庭に出て、つかの間のリフレッシュ時間を過ごせるこのロケーションが、氏のモチベーションを支えているのかもしれません。

「帰国してからも年に1回、だいたい毎年6月頃にはフランスに渡って村々を回っています。今年は悔しいことに新型コロナウイルスの騒動があって行けませんでした。でも、来年にはなんとか再開したいと思っています」

現在、踏破した「フランスの最も美しい村」は110余。全体の約3分の2は消化したことになります。今は日本各地の風景美にも目を向け、時折、絵画教室の生徒さんたちとスケッチ旅行に出かけたりする機会もあるようですが、講義のない日はアトリエに籠り、一連の作品づくりの完成に向けて筆を走らせています。

「100年後に評価されればいい」と新井さん。当分の間は、このアトリエで、かつて訪れたフランスの村々に思いを馳せる日々が続きます。

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