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パンでぬぐう幸福──“失われた30年”を超えて、私がスカルペッタに憧れる理由

47歳、サブカル世代。 人生の大半を「失われた◯◯年」と一緒に歩いてきた。


お行儀よく、無難に、空気を読んで、周囲と足並みをそろえて――そんなことばかり気にして生きてきた。
でもそろそろ、もっと自分の「おいしい」に素直になってもいいんじゃないかと思う。

最近、そんな私の心をふいに掴んだのが“スカルペッタ”という言葉だった。
パンで、皿に残ったソースをぬぐって食べる。
イタリアでは当たり前の食べ方、そして「料理人への最高の賛辞」らしい。


■ “In France”──フォークでパンを刺す、あの優雅さ

ところで、フランスにも“パンでソースを拭う”習慣があるという話を聞いた。
でも、あちらはさすが“エスプリの国”。
ビストロや家庭なら手でやるけれど、
ちょっと上品なお店になると、
「パンは直接手で持たず、フォークに刺して、そっとソースを絡める」のがマナー。

ある日、勇気を出してパリの小さなレストランでそれを真似してみた。
手が震えながらパンをフォークに刺して、ソースをすくう。
周囲のフランス人たちはみんな自然体。
ああ、これが“オケージョンを読む”ってことなのかと、ちょっと感動した。
“型”を大事にしつつ、「おいしい」も楽しむ大人の余裕――
真似してみたいと、心から思った。


■ パン太郎と私の、深夜の妄想対話

その夜、家に帰って残り物のパンをテーブルに出すと、
なぜかパン太郎が私の隣にちょこんと座っていた。

パン太郎「ねぇ、今日もお皿にソース残ってたね。拭いてくれた?」
「うん、フランス式でフォークに刺してやってみたよ。正直ちょっとドキドキしたけど」
パン太郎「そうそう、それそれ!どこの国でも、“最後の一滴”は僕たちパンの出番なんだ」
「でも日本じゃ、まだまだ『お行儀悪い』って空気あるんだよね」
パン太郎「みんな周りの目を気にしすぎなんだよ。美味しいものを余さず味わうって、素敵なことなのに!」
「たしかに。もう、遠慮するのやめてみようかな」
パン太郎「うん!パンも喜ぶし、きっとお皿の向こうのシェフも喜んでるよ」

私はパン太郎のその言葉に、なんだかちょっと勇気が湧いた気がした。
ありがと、パン太郎。


■ 海外文化を取り入れる、小さな冒険

47歳、まだまだ知らないことだらけ。
人生の半分以上、日本の「当たり前」の中で生きてきたけど、
パンでぬぐう、というちっぽけな一歩から、
“自分の「おいしい」”をもっと自由にしてみようと思う。


■ まとめと次回予告

今日もパン太郎と、食卓の小さな冒険は続く。
次回は、「スカルペッタしたくなるイタリアン料理」を紹介予定。
あなたも、ぜひ一緒にパン片手に“最後の一滴”を楽しんでみませんか?