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知らず知らず使っていませんか? 手紙の文字のタブー色

文字による多くのコミュニケーションが、メールやLINEで事足りてしまうデジタル時代。ところが今、ちょっとした感謝の気持ちや近況を伝える手段として、あえてアナログな「手書きの手紙」が見直されています。

比較的大きな文房具店を覗くと、万年筆やポールペンなどの筆記具に特化したコーナーが設けられ、高価なものから割と手を出しやすい廉価なものまでよりどりみどり。洒落た便箋や封筒といった紙製品はもちろん、万年筆やつけペン用のインク瓶が並んでいるなど、お店の豊富な品揃えからも、手書き文化の密かな流行を容易に窺い知ることができます。

でも、誰かに手紙を書く時、あなたは何色のインク(またはボールペン)を使っていますか?

近年は、自分好みのインクの色を調色してくれる専門コーナーや専門ショップも登場し、オリジナルのカラーインクを拵えて愛用する人もいるようですが、実はその色選びによって、手紙を受け取った人の気分を害してしまったり、失礼に思われたりすることもあるんです。

そこで今回はインクのタブーについて紐解いてみたいと思います。

緑は別れを告げる色、赤は絶縁を伝える色

筆者は普段、編集の仕事を生業にしています。雑誌や情報誌の制作現場では、できあがってきたゲラ(校正用の仮組み)をチェックする際、修正点や注意点を赤ペンで書き入れ、いわゆる“赤字を入れる”という作業を行います。

この際、複数名の編集者や校閲マンが同時に確認する時や、あらかじめ誰かが入れた赤字の上にさらに追記を施そうとする場合、それらと自分の指摘やコメントが混同しないよう、別の色を使うことがあります。

わたしの場合は緑。「威圧感たっぷりの赤よりよっぽど目に優しいんじゃない?」という単純な理由からで、たまたま海外へ取材に出かけた際に安売りしていたドイツ・スタビロ社のカラーペンを見初めて大量買い。ゲラチェックのみならず、ちょっとしたメモや一筆箋にメッセージをしたためるのによく使っていたものです。

しかし、ある時、とある方から「緑はあんまり使わない方がいいよ」というアドバイスを受けたんです。

聞けば、中世ヨーロッパでは緑色のインクで果たし状を書いていたのだとか。調べてみたら、その手の情報がごまんと出てきて、やっぱり緑は決別の色。梓みちよのヒット曲『メランコリー』にも「緑のインクで手紙を書けば、それはサヨナラの合図になると……」という一節があるらしく、己の無知を深く猛省した次第です。

そして、赤もまた、似たようなニュアンスを含む忌み色です。血を連想させるからかフランスでは死を意味し、日本でも古くから絶交状や血判状は朱書きしていたため、縁起の悪い色として避けられてきました。

吉祥や発展を象徴する色として赤を愛してやまない中国でも、こと手紙を書くことにおいてはタブー視されています。

赤はかつて時の最高権力者である皇帝だけが使えた色。死刑を執行する命令書は朱で書かれていました。そして、それは受刑者にとって絶対に覆ることにない死の宣告。この世との絶縁を意味します。

また、暮石に刻まれる死者の名も赤で塗られたことから、赤い文字はあまり縁起のよいものではないとされています。

他にもある、知っておきたい色の話

ところで皆さんは、喪中ハガキや弔辞、香典の表書きを「薄墨色で書く」というマナーはご存じですよね?

これは「あまりにも急な出来事すぎて、墨を擦る時間も気力もなかった」とか、「悲しみの涙で墨色が薄まってしまった」といった心情をそれとなく表す、日本人ならではといえる気遣いの作法です。

しかしながら、四十九日や一周忌、三回忌ともなれば、「わざわざ薄墨色で手紙を書かなくともいい」、「むしろ薄墨色はNG」という意見もあるようです。

これは、近親者の死という不幸からしっかりと立ち直り、今は元気につつがなく過ごしていますよ、という意思表示になるからだそう。使い分けが難しいマナーの一つですが、これもまた後世に伝えたい日本の文化。相手への思いやりを言葉以外で表現する方法として覚えておくべき事柄かもしれません。

閑話休題、では何色のインクで手紙を書いたらいいの?

やはり黒、もしくは濃紺が最も無難ではないでしょうか。

元来、中国から伝わった墨と筆の文化をベースとする日本では、黒がベーシックかつコンサバティブな色として広く受け入れられてきました。

一方、つけペンや万年筆が主流だった欧米では、かつては水にも光にも弱い染料系のインクしかなく、公式文書の署名には使えなかったという背景があったようです。

そこで20世紀後半に開発されたのが、化学反応を利用して保存性を高めたブルーブラックというインク。今では耐水性耐光性に優れた顔料系のインクが発展し、ブルーブラックは単に「濃い青」を指す言葉として使われているのですが、もともとはインクの名前だったんですね。その名残もあって、欧米人は青いインクを好んで使います。

また、青には興奮した感情を沈静化させ、リラックスに導く効果があるとされています。

ある研究によれば、記憶力の向上にもプラスに作用するのだとか。作家の片岡義男さんは「青は認識の色」と自著で語り、実際に小説の構想や下書きを行う際も青インクを使っているそうです。

「僕はパーカーの華やかな青が好き」、「ダイアミンの黒みがかって落ち着いた濃紺が好み」、「私はヤード・オ・レッドの緑っぽいブルーブラックを使っているよ」などなど、一口に青いインクといっても、メーカーによってその色合いは千姿万態。それぞれ自分好みの青を探してみるのも面白そうですね。

もちろん、黒でも青でも、書き手の思いが伝われば、何色のインクを選んでもいいと思います。たとえカラフルな色であっても、頭ごなしにそれを否定するつもりはありません。

とはいえ、知らず知らずのうちに非礼を犯していては、心を込めて書いたせっかくのメッセージが台無しに。色の持つ意味にもキチンと思いを巡らせ、T.P.O.をわきまえたインク色で手紙をしたためてはいかがでしょうか。